頒布作品解説と参考音源

2021年
2021年1~3月

2021-001 . Ezio Redeghieri : Interludio

 

"Interludio"「間奏曲」 Ezio Redeghieri (エツィオ・レデギエリ)

■原編成 第一、第二マンドリン、マンドラ、ギター

■スコア 原編成オリジナル(Vita Mandolinistica)+マンドロンチェロ、マンドローネ加筆譜

■パート譜 原編成+マンドロンチェロ、マンドローネ

■解説

作曲者はミラノで発行された"Il Plettro"誌1913年第24号に代表曲「スペイン幻想曲」が肖像画と共に掲載された際に、ブリュッセルの作曲家と書かれているが、詳細については判然としない。経歴の中で最も著名と考えられるのは1910年、トリノで“Lo Spettacolo”紙が主催したオペレッタの作曲コンクールにおいて、A.アマデイ、S.ファルボに次ぐ第3位に入賞している事があげられる。本コンクールはGiovanni Drovetti(1879-1958)の《La favola della Principessa(王女の物語)》の台本に対して作曲するという興味深いものであった。

本曲はボロニアで発行されていた月刊誌"Vita Mandolinistica"誌主催の1905年の作曲コンクールで第一位相当の大銀杯(Grande Medaglia d'Argent)を受賞したもの。同誌の紹介には「甘い花輪のように優しいマエストロ・レデギエリ。シンプルかつ純粋な自然に沸き上がる旋律、神秘的な夢の魅惑を与える」等と評されている。Carlo D'Espagnac伯爵へ献呈との記述がある。同年5月の作曲家指揮で初演されたとされる。感傷的な作品であるが、洗練されたロマン的表現が作曲者の品位を感じさせる。マンドリンギター作品では他に1906年の"Il Plettro"誌の作曲コンクールで第二位を受賞したマンドリン讃歌「シンプロントンネル」や「スペイン幻想曲」等7曲がある。 なお本作品は1926年、1932年と二度に渡り"Il Plettro"誌に再掲載された事からも当時のレパートリーとして多くの需要を得ていた事が伺われる。

サンプル音源(MIDI)

2021-002 . Alfred Consolti :Sogno d’una Vergine , Preludio

 

"Sogno d'una Vergine", Preludio 前奏曲「乙女の夢」  Alfred Consorti (アルフレード・コンソルティ)
■原編成 第一、第二マンドリン、マンドラ、ギター、ピアノ
■スコア 原編成オリジナル(Vita Mandolinistica)、原編成+マンドロンチェロ、マンドローネ加筆スコア
■パート譜 原編成+マンドロンチェロ、マンドローネ

■解説
作曲者の生没年は不明であるが中野二郎氏の調べによるとローマの人で、Mario Maciocchiの師であった人と伝えられている。


本作品はボロニアで出版されていた"Vita Mandolinistica"誌の1911年第12号として出版されたもので、原編成には四重奏にピアノが加えられているが、ピアノを省いて演奏する事も出来る。他の作品としては1901年同誌に発表されたValzer "T'amo"が確認できる。
1906年にはフランスのL'Estudiantina誌の第一回作曲コンクールで四重奏作品"La Danza dei Fiori(花の踊り)"が第一位に入賞しており、Marcel Labbé社から出版されていた事を踏まえると当時の斯界における実力者の一人であったと考えられる。またイタリアの国立図書館の検索サイトによると管弦楽作品には行進曲などの自筆譜が残されている。


なお本作は"Il Plettro"誌の1929年第3号にピアノを省いた形でパート譜が再掲されている。

サンプル音源(MIDI)

2021-003 . Primo Silvestri :Ciaro di luna , Berceuse

 

"Chiaro di Luna", Berçeuse 子守歌「月の光」   Primo Silvestri (プリモ・シルヴェストリ)
■原編成 第一、第二マンドリン、マンドラ、ギター
■スコア 原編成オリジナル(Il Concerto)、原編成+マンドロンチェロ、マンドローネ加筆スコア
■パート譜 原編成+マンドロンチェロ、マンドローネ

■解説
作曲者は1871年5月、イタリアのモデナに生まれ1960年2月同地で没したギタリストで作曲家。若い頃からモデナの音楽家Ludovico Selmiに学び、後にScuola Comunale di Musica di ModenaでA. Bianchinに和声と対位法、ピアノを学んだ。主な作品は撥弦楽器に集中しており、モデナで50人規模のマンドリン合奏団"Circolo Mandolinistico Modenese"を創立し、1897年師のS.Aldrovandi亡き後"Il Concerto"誌の主幹に就任した他、1901年にはロディにおける国際マンドリンコンクールの会長に推されるなど斯界への貢献度は非常に大きなものがある。後にファシストの一機関となるが、当初は広く大衆文化に貢献する組織として作られた L'Opera Nazionale Dopolavoro(O.N.D)の音楽部門のリーダーとしても活躍し、1933年の第一回の"Giornata Chitarristica Italiana(イタリアギターの日)"ではO.N.Dを代表して歓迎スピーチを披露するなどギター音楽界との繋がりも深く、1940年には"La Chitarra"誌にRomolo Ferrari(ロモロ・フェラーリ)への献呈作を発表し幅広い人脈を持った。コントラバスにも精通していたフェラーリはシルヴェストリのオーケストラのために1929年にモデナの"Ma setti"工房で重厚な質感を持った"Mandoloni"を考案し、デザインしている。彼のオーケストラはモデナの劇場で多くのコンサートを開催したほか、パルマの"Teatro Regio" 、レッジョ・エミリアの"Teatro Ario sto"などの名門劇場でも演奏を行った。マンドリン合奏における代表作のひとつ叙情曲「夏の庭」(1940年シエナのコンクールの入賞作品)の幽玄さは筆舌に尽くしがたい美しさをたたえた作品である。子供たちの教育にも熱心で二人の息子レンゾとロリスは、父の意志を継ぎ、演奏家としてだけでなくローマのセント・チェチーリア音楽院の教授となり後進の育成に尽力した。一族の音楽的遺産の一部は、現在モデナのエステンセ大学図書館のシルヴェストリ基金に保存されている。

本作品は1906年の作品だが既に"Il Cincerto"誌だけでなくボロニアの"L'Armonia"誌も主幹をつとめ、"Il Plettro"誌にも作品を発表するなど耳目を集める人物となっていた。同誌の紹介文にはC.Tのイニシャル(後任の主幹Carlo Turcoか?)で以下のように紹介されている。
「私は彼の非常に良い友人です。私は彼を尊敬しています。 私はいつも彼の模範的な活動と彼の人生の誠実さ、彼の魂の音楽性、彼の芸術的情熱、旋律の美しさを賞賛してきました。とても素朴でありながら即興性的で示唆に富んでいます。」

 

サンプル音源(MIDI)

2021-004 . Rosario Gargano : Romanza senza parole

 

"Romanza senza parole" 「無言歌」 Rosalio Gargano(ロザリオ・ガルガーノ)
■原編成 第一、第二マンドリン、マンドラ、ギター
■スコア 原編成オリジナル(Il Concerto)、原編成+マンドロンチェロ、マンドローネ加筆スコア
■パート譜 原編成+マンドロンチェロ、マンドローネ

■解説

作者は1879年1月、イタリアのカタニアで生まれ、1962年7月スイスのベッリンツォーナで没したマンドリニスト、指揮者、作曲家。 17歳でマンドリニストとしてのキャリアをスタートし、トリエステでは"Estdiantina dell'Unione Ginnastica"の監督をつとめ成功をおさめており、同地の権威ある新聞には「驚異的な俊敏さと優しいタッチがガルガーノを偉大なマンドリン奏者にしている」と評されている。1905年にロディで行われた"Vita Mandolinistica"誌のコンクールでも入賞している。作曲家としての作品はマンドリンのみならず管弦楽曲、協奏曲、オペラなど多岐にわたった。一方スイスのベッリンツォーナでは"Circolo Mandolinisti e Chitarristi di Bellinzona"の指揮を務めた他、吹奏楽団の監督や聖歌隊長を歴任した。また1929年から1945年までは同じスイスのピオッタ映画祭の監督を務めるなど様々な音楽活動に深く根を下ろした活動をしていた事が伺われる。 マンドリン関係の作品は"Vita Mandolinistica""Il Pletteo""Il Concerto"各誌で1900年代初期、多くのコンクールに入賞し掲載されたが、1907年"Il Plettro"に掲載された"Villereccia(Suite Campestreの一部)"は本邦では1921年に早くも慶応大学マンドリンクラブが取り上げており、同志社大学マンドリンクラブでも1940年に取り上げるなど戦前にはいくつの作品が既に本邦でのレパートリーとして定着していたようである。"Il Concerto"誌にも同誌のコンクールで受賞した行進曲「東郷元帥」、幻想的小詩「飛行士」など興味深い作品が並んでおり、再評価が待たれる作曲家の一人である。

本曲は"Il Concerto"誌1903年第7号に掲載された作品で、紹介には以下のように記されている。 「穏やかな4月の風は、春の明るい太陽への前奏曲。純粋な大地の地平線から昇り、心の中に広がる穏やかな静けさ。この詩的な静けさは、我らが偉大なガルガーノの新しいロマンツァの優しい詩によって導かれています。それは確信に満ちた効果と優雅な色彩で書かれた、甘美な小詩です。」

サンプル音源(MIDI)

2021-005 . Arrigo Cappelletti : Danse des petits Amours, Minuetto

 

"Danse des petits Amours"Minuetto ミヌエット「小さな恋人達の舞曲」

Arrigo Capelletti  アルリーゴ・カッペルレッティ

 

■原編成 第一、第二マンドリン、マンドラ、ギター

■スコア 原編成オリジナル(Il Plettro)、原編成+マンドロンチェロ、コントラバス加筆スコア

■パート譜 原編成+ マンドロンチェロ、コントラバス

 

作者はイタリアのコモで1877年1月に生まれ、1946年10月同地に逝いた作曲家。同地の音学院でPozzolo教授よりピアノ、オルガン、対位法といった基礎を学び、ボロニアではCesale dall'Olioから作曲法を、ミラノのG.Verdi音楽院では吹奏楽とオルガン、合唱といった課程で次々とディプロマを獲得した。経歴からも推測できるように多様なジャンルに作品があるが、特にオルガン作品を得意とし、コモのフェデーレ教会のオルガニストにもなり、各地のオルガン曲コンクールでも度々入賞したという。また宗教音楽のジャンルにも優れた作品を残しており、殊に対位法を駆使したその作曲技法には自信を持っていたと思われる。作品は国際コンクールで入賞し、パリのArrasから出版された”Aspiration Religieuse”やLuigi Picchiにより編纂された典礼音楽雑誌”Laus Decora"に掲載された多くの作品等のオルガン曲が最も多い。次いでピアノ曲や合唱曲、管弦楽関係作がある。マンドリン作品は「劇的序曲」、マンドリン讃歌「フローラ」がよく知られているが、実際には案外少なく8曲しかない。

伝わる逸話には、生地コモの山々をこよなく愛し、かなり距離のあるミラノのスカラ座まで歩いて通ったというものがある。同地の伝統あるマンドリン合奏団である"Circolo Mandolinistico Flora"の指揮者として活躍し、Ugo Bottacchiariも同団のタクトをとった事から親交が厚かったという。(この伝統ある合奏団はそののち、かのUmberto Zeppiに引き継がれた)

本曲は1906年に"Il Plettro"誌に発表された小品で、ごく初期の作品と考えられている。シリアスな作品の多い作者にあって、非常に可憐な一面を覗かせている。同年の作曲コンクールではマンドリン讃歌「フローラ」が入賞するが、直前の作品であろう。

本稿の作成にあたり、石村隆行氏が自ら監督を務めるESTUDIANTINA PHILODOLINO di KYOTOの第2回定期演奏会の為に作成発表した校訂譜をご提供いただき使用した。ここに謝辞を記しておきたい。

サンプル音源(MIDI)

参考演奏

2021年

2021-006 . Giovanni Bolzoni / Giovanni Francesco Poli

Semplicità Campestre, Madrigale  op.171

 
 

​"Semplicità Campestre" Madrigale Op.171「野趣」マドリガル   Giovanni Bolzoni/ Giovanni Francesco Poli  ジョヴァンニ・ボルツォーニ/ジョヴァンニ・フランチェスコ・ポーリ編

■原編成第一、第二マンドリン、マンドラ、ギター

■スコア原編成オリジナル(Il Plettro)、原編成+G.F.Poliによるマンドロンチェロ、マンドローネ加筆スコア

■パート譜原編成+G.F.ポーリによるマンドロンチェロ、マンドローネ

作者は1841年5月パルマに生まれ、1919年2月トリノで逝去した作曲家で指揮者。パルマの王立音楽院でGiuseppe Del Mainoにヴァイオリンを、Giovanni Rossiに和声を学んだ。1866-67年にはカーニバルでA.Ponchielliと共にクレモナ市立劇場でオペラを指揮、以降1868年にはサヴォーナの管弦楽団で指揮者兼コンサートマスターを務めた。その後も1874年ペルージャのモルラッキ音楽院で所長兼指揮者、1876年にはピアチェンツァ国立劇場で指揮者に就任した。

1884年にはトリノ市からテアトロ・レッジォの指揮者兼コンサートマスターに任ぜられた後、1887年にはトリノの"Giuseppe Verdi"州立音楽院の院長に就任し、後世はトリノで過ごした。

作曲家としての代表作は多くの管弦楽作品で「劇的組曲」「ロマン的組曲」「牧歌的組曲」の三部作、大管弦楽の為の「海の牧歌」や6つの演奏会用序曲、4幕のメロドラマ「アルプスの星」などがある。プレクトラム楽器の為のオリジナル作品としては"Gita Campestre,Suite Ideilliaca(牧歌的組曲「田園の旅」)"と"Notturno(夜想曲)"がある。斯界では多くの合奏、作曲コンクールの審査員を務めたが、自作の編曲にあたっては友人であり、名編曲家のGiovanni Francesco Poliに信頼を置いており、これは1906年の合奏コンクールでPoli率いるクレモナのCircoloMandolinisti e Mandolinisteの演奏に感嘆した為と言われている。Poli自身は所謂ディレッタントであり、1867年4月に生まれ、1927年にクレモナで没している。Pietro Caetaniの門下生で、1895年にAristide Cavalliと共に製材所"Cavalli & Poli"社を設立し、楽器製造も行った。

本曲は"Il Plettro"誌の1910年第9号に掲載され、Poliの編曲に拠っている。同誌掲載譜は四部編成となっているが、イタリア留学中の石村隆行氏が上記のクレモナの合奏団でPoli自身が書いた四部編成用自筆スコア及びマンドロンチェロとマンドローネのパート譜を発見した。本作は1911年のトリノの合奏コンクールで「中世の城」第2セレナータと共に課題曲となり、審査員にはBolzoni自身が参加した。本邦においては1925年に早くも菅原明朗指揮の同志社大学マンドリンクラブが定期演奏会で取り上げている。なお、石村氏はG.Verdi音楽院でBolzoni自身が弦楽五重奏編成で書いた楽譜も発見している。今回の六部編成譜作成にあたってはPoli自身によるマンドロンチェロとマンドローネパートの追加と、Poliの四部編成自筆譜記載に基づいたマンドラの低音旋律のマンドロンチェロへの移行や、"Il Plettro"版では省かれてしまっている作曲者自筆譜のアーティキュレーション等を取り入れて作曲者の意図に忠実に石村氏が校訂した総譜を元に浄書譜を作成した。なお副題にある"Madrigale"は本曲をピアノ版として発表した時のタイトルである。オリジナルに記載された作品番号も併せて表記してある。

 

本出版にあたり、各種楽譜を石村隆行氏にご提供いただいたのでここに謝辞を記しておきたい。

 
 
 

サンプル音源(MIDI)

弾いてみました

※各作品の解説については、

Litalia Musicale d'oggi Dizionario dei Musiciti (1928) ​/ Albert De Angelis

Dizionario dei chitarristi e liutai italiani (2008) / Editorice "La chitarra" Bologna

Dizionario Chitarristico Italiano (1968) / Carlo Carfagna e Mario Gangi , Ed.Berben

Dizionario Universale dei Musicisti (1929) / Carlo Schmidl, Casa Ed. Sonzogno

石村隆行氏からご提供いただいた各種資料​、故中野二郎氏、故松本譲氏が残した各種資料

​その他各種専門書籍などを元に作成しております。